2001年 5月29日  ビックパレット福島
No 1   TONTON & PAOより  

2001.5.29   ビックパレット福島

 曲目 ・恋 ・長い夜 ・LaLaLa ・夢 ・君のために作った歌
    ・おいで僕のそばに ・踊りましょうか ・あたい
    ・ひとりの部屋 ・愛って呼べるほどのもんじゃない
    ・INTENTONAL ・STANCE ・こんな夜は
    ・最後のチャンス ・はまなす

  アンコール1 ・春夏秋冬 ・冗談じゃねえ ・人生の空から 
  
  アンコール2 ・新たなる旅立ち
 

 あまりにも“さいたまスパーアリーナ”が良くって、急きょ出かけてしまいました。前日出かける決心をし、チケットも持たず、会場入り出来るか否かの状態での参加。「ホントに千春さんに会えるの?」と不安だらけでした。幸いチケット買ったけど急きょ来られない方のチケットとお会いできて、無事会場入り。「うれしかったなー。」という長い道のりがありました。私のことは誰も聞いてないよね。ごめん・・・・・

ビックパレット福島。体育館のような高低差のない場内でした。
5千人〜6千人の入場者があったようです。
またまた余談なんだけど、開場前、看護婦さんが呼ばれてうろうろしたから、誰かけがでもしたのかな?なんて思ってたら・・・・・・・・
日曜日の“季節の旅人”で『風邪気味で声が大変!』っておっしゃってたのが、まだ治らなかったのですね? MCも鼻にかかったような「風邪声かな?」と言う感じでした。

やっぱり! 幕開きのあの映像にはみんなそれぞれの“ ど よ め き ”があったようです。『25年前はオレだってあんなだったんだ! 毛はなくなったけど“ さ む け ”はある!』と。『コンサートは毎年休むことなくやってきた。アキレス腱を切った時も、腹痛の時も。痛みを止めるときはモルヒネが効くな・・・・・』とひとりごと。やっぱり体調がベストじゃなかったんだなと感じたのは私ひとりだったのかな?
マネージャーさんの話や高校の時、足寄高校は高台にあって、授業を抜けて買い食いをし帰ろうとしたら上の方に先生がいて、『お前ら何してる?』って怒られて、勉強の出来るやつは、おどおどしてたけど、千春さんは『オレは忍者です。』と答えたとか。青粒のPRになり、元さんをステージに呼ぶも出てこない。『今こちらに向かってます。』のスタッフの声。元さんとまた喧嘩にならなきゃ良いけど・・・ちょっと心配。
何せ楽屋とステージが遠くって、車で移動したんだって。楽屋とステージの間に客席があるっていう感じで、『楽屋に忘れ物は出来ない!』っておっしゃってました。
 弾き語りは、すっごく気合いが入ってました。大丈夫かな?という思いをうち消すかのごとく、鳥肌もんでした。その分♪最後のチャンス♪は、夏目さん負けた?って感じました。 ♪はまなす♪ には脱帽ですね。

 アンコール1 ♪春夏秋冬♪は4会場目ということだけあって、一段と磨きが掛かってました。その後の、バズーカ砲登場ではバックにBGMは付くは、会場の後ろまで飛ぶはで、大盛り上がりでした。
アンコール2 ♪新たなる旅立ち♪でラスト。 歌い終わってもなかなかさがらなくって、どうしたの?って思ってたら、夏目さんと肩くんで退場していたような・・・・・ (ステージが暗くってはっきりしなかったのですが。) 今回は、何回か汗を拭き、水分補給をしながらのステージだったんで、ラストになんかジーンときちゃったりしてね。自分だけの解釈、自分だけのステージの楽しみ方だけど。

 ベルのない、客電のない開場での演出方法も良かったですよ。
10分押しで始まったステージも、9時10分には幕。曲数はあんまり変わらないけど、よく言えばテンポがあったというか、悪くいえばMCが短かったというか・・・・・・

段差のない開場で、ステージを見るにはちょっと大変だった部分もあったようでしたが、自分も見えないということは後ろの方も見えないと思ってるからかな?スタンディングの方は見えなかったような。ステージの構成もみんなが楽しめるようにしてくださっているように感じました。
何はともあれまたまた心の洗濯をしてしまいました。

                  TONTON & PAO